“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 二百二十四通目『芸風』
◆“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 二百二十四通目『芸風』
「芸風」という言葉を、辞書で引いたことはありますか。そこには「独特の演技のしかた・持ち味」とあります。
“それ”。今の君に「必要なもの」であるとわかっていますか?
きっと、今の君は「芸風といっても芸人じゃないし・・・」とか思うかもしれません。それほど、「芸風」というコトバにしてしまうと、「ちょっと遠くて」「ちょっと曖昧で」「自分には関係ないもの」になってしまうのかもしれません。
似たようなコトバで言い換えると「キャラ」や「個性」ということなのですが、ここでは、やはり「芸風」という単語にしておきます。
ステージに立つということは、「素の自分」をそのままさらけ出すことではありません。それとは逆で、「どう見られるか」を設計することです。
お客さんは、偶然そこにいる君を見に来るわけではありません。「自分に元気をくれる存在に会いたい」という強い期待を持って会場にやってくるのです。
そこで必要になるのが、「芸風」です。
「芸風」は、「自分を偽るための仮面」ではありません。誰かを笑顔にするための「自分の輪郭を明確にするツール」です。
決して「ないもの」を「あるように見せる」のではなく、君の中にあるものを、ちゃんと誰かに届く形に「翻訳」する。それが「芸風」なのです。
では、どうやってそれを見つければいいのでしょう。
そのヒントはとても単純です。
「君が自然にやってしまうこと」と「人が面白いと感じてくれること」が重なる場所。そこに君の「芸風」のヒントがあります。
よく、キャラを無理に作っている人をみかけます。とても痛々しいですし、そんなキャラは長く続きません。なにより人から愛されることはありません。
でも、何も形にしなければ、誰にも見つけてもらえません。だから最初は、少しだけ誇張してみてください。少しだけ寄せてみてください。「こう見られたいという自分」に。
元々が完全な虚像ではないわけですから、やがて「演じた自分の積み重ね」が、もう一つの君の姿になっていくでしょう。
ひとつ知っておいてください。「芸風」は「最初から固定しなくてもよい」のです。磨かれて、揺らいで、更新されていくうちに「しっくりくる輪郭」に整っていきます。
ちょっとずつ色々とお客さんの反応を確かめながらでよいのです。やがて君の「芸風」は定着していくはずです。
今日の君と、来年の君では、きっと似ているけど、同じではないはずです。そうやって変化していく君ごと、お客さんに見せていけばよいのです。お客さんはそれを「成長」と捉えるでしょうし、「物語」を共有していると感じるはずです。
さあ、君は今日からどんな「芸風」を磨いていってくれるのでしょう。とても楽しみにしていますよ。
以上
「“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 二百二十三通目」は2026年4月29日の記事
「“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 二百二十五通目」は2026年5月13日の記事
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