芸能とおひねり
そもそも、「商売としての芸能」は人類の歴史の中ではわりと新しい「文化」です。
原始、「歌うこと踊ること演奏すること」は「仲間とのコミュニケーション」であったり「目に見えない力を畏れたり讃えたり」するためのものでした。
やがて、その一部が「神事」となり、一部が「商売としての芸能」に分化していきました。
「生業 (なりわい)」としての「芸能」は「持たざるもの」が「身ひとつを使った芸」を披露し、「持つもの」から「施し」や「褒美」を受けるところから始まっています。
大道芸や大衆演劇には「ご祝儀」、「心付け」、「お花」、「おひねり」、「投げ銭」(いずれも同じ内容の言葉) といった形の「文化」として、その構造は生き続けています。
会場や芝居小屋が「木戸銭」(入場料)を得て、パフォーマーは 「おひねり」などを大きな収入としていました。「ギャラ」のようなものです。でも、これが芸を披露する者の「生活の糧」となっているわけです。
中世まで芸能はポジションの低い「商売」と見られていました。なぜなら「生きるために絶対に必要な仕事」とは思われていなかったからです。
ところが近世以降、「スター」と位置付けられる存在が出現することによって「芸能」は華やかで、あこがれの対象で、人々に「夢を与える」職業となったのです。
このように「芸能」の世界の成り立ちには「持たざるもの」と「持つもの」という「格差」が大きく関わっていたということを認識しておいてください。
さて、先日、あるイベントにメンバーと見学に行きました。そのイベントの様子を見て、メンバーはカルチャーショックを受けていました。必ずしもポジティブな印象を受けたわけではなかったようです。
お邪魔したのはアイドルイベントではありません。ノンジャンルの歌手やダンサーが出演する演芸イベントです。お客さんは女性歌手とダンサーのタニマチや身内のような人が多く、年齢層はやや高めです。180席ほどの座席はほぼ埋まっていました。
プログラムに従って、ステージには次々とパフォーマーが登場します。バックバンドの生演奏での歌唱あり、海外の民族舞踊の披露ありとバラエティーに富んでいます。
そしてステージで歌う歌手には「ご祝儀」が渡されていました。間奏や後奏のタイミングで客席から立ち上がった観客が紙に包んだものや首飾りにした「硬貨」や「紙幣」を渡していました。和服の女性歌手には襟の胸元に差し込むようにして渡すこともあります。
カルチャーショックを受けたのはこの様子です。メンバーはとても奇異に感じたようです。
現代ではお客さんの「ご祝儀を渡す行為」自体がひとつのエンターテインメントとなっています。お客さんの自己顕示欲を満たす「仕組み」とも言えます。
つまり、これは芸能の世界における ひとつの「文化」なのです。しかし、メンバーの目には「芸能が生業として成立した」時の「持たざるもの」と「持つもの」のあからさまな関係性が透けて見え、「ちょっと抵抗あるな」と思ったのかもしれません。
「なるほど」と思いました。メンバーの感性はとても繊細だなと感じた出来事でした。
以上
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