“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 六十二通目『心の中のセリフ』
◆“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 六十二通目『心の中のセリフ』
「芝居」は、そこに登場する人物たちの「人生の一瞬」を切り取ってみせるものです。
舞台の上では「台本に書かれた、わずかな時間の出来事」を観客に見せるだけですが、芝居の世界観の中では、登場人物には「これまでの人生」があり、「これからの人生」もあるのです。
役者は「台本に書かれた、わずかな時間の出来事」だけを演じれば良いようにみえますが、実はそうではありません。
登場人物の「これまでの人生」がなければ、「台本に書かれた、わずかな時間の出来事」は表現しようがないのです。
例えば、舞台に「借金の形(かた。担保のこと)に大切なモノを奪われた男」が登場するとします。男の目的は借りた金と利子を返済して大切なモノを取り返すことです。
台本上には「男が借金を返済する準備ができたので担保の返還を高利貸しに交渉する」という内容が書かれているはずです。
何も考えない役者は「お金の用意が出来ました。担保を返してください」というだけの芝居をします。
でも、これでは「その男のこれまでの人生」が何も見えてきません。
もちろん、台本上にセリフがなければ「これまでの人生」を観客に「言葉」で伝えることはできないように見えます。
通常の台本には登場人物の詳細な設定や感情やセリフは書き込まれていません。
しかし、役者はこの男が「幾らの借金と利子を抱えているのか」「男にとって担保はどんな価値があるのか」「どうやってお金を稼いだのか」「そのためにどんな経験をしたのか」「今日までどこでどういう日常を過ごしてきたのか」そして「なぜ、借金をするに至ったのか」を想像し、経験した体(てい)になっていなければなりません。
それがなければ、「どんな顔で、どんな身振りで、どんな思いで担保の返還を求めるのか」が体現できないのです。
役者に求められるのは「役者自身がどんな経験を積み、何を観察し、どんなことを考え、誰からどういう刺激を受けてきたか」です。
それらすべてが「演じる」ことの糧となります。想像力の基になります。
登場人物の「これまでの人生」を想像し体現できるようになれば、台本上にはセリフもないけれど「心の中は常にセリフで満たされる」はずです。
他の登場人物の一挙一動に反応し、他の登場人物のひと言ひと言に瞬時に言葉が浮かび、台本にあるセリフは生きた感情とともに吐き出されるでしょう。
セリフがない場面でも、感情は目に現れ、登場人物がたった今も「何かを考えている」演技が生まれるはずです。
役者が舞台で演じるのは「人間」です。「これまで生きてきた人間」です。
「これまでの人生」を想像し、「心の中が台本にはないセリフで満たされる」ようになれば、きっと君の演技は観る人の心に届くはずです。
以上
「“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 六十一通目」は2023年3月15日の記事
「“アイドル”や“何者か”を目指す君への手紙 六十三通目」は2023年3月29日の
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